俺が大学で学んだことで最も重要なことの一つ。
発問に対する受け答えに対して「なんで?」と聞き返さないことを非常に大事にしている。
でも実際、教育の現場ではしばしば見かける光景。
例えば、新しい内容の授業の導入の際に発問をする。ほとんどの場合、ブレインストーミング的な発問になると思う。
そこで出た答えに対して、「なんで?」と聞き返すことがおかしいということに皆さんはお気づきだろうか。
おかしいというか、無理がある。
もしそこでまともに答えを返せるくらいなら、もはやその子はもうすでに十分理解しているので教育の必要はない。
ある任意のレベルに対して、そこに達していない人間をいかにそれ以上のところへ導くかというのが教育であるとおもう。
発問の役割は考えるきっかけを与えるだけで、試すことではない。それをやるのは試験のときである。
では話を戻して。
「なんで?」という聞き方は、あなたの答えは間違っていますよ、ということを暗に示していて、最初から正しい答えを要求しているようなものである。
だから無理がある。
厄介なのは、それを言われた側はそうとしか聞こえないのに対し、言った側はそれになかなか気づけないこと。
そうすると、次の返答はほぼ逃げの回答になる。
ここに考えが深まる余地はなく、まるで何も引き出せない。
それどころかただの誘導尋問になってしまう。
そこを、「なぜ?」で聞き返すのではなく、「つまり〇〇ということ?」とか、「それを確かめるために、〇〇について考えてみよう/何を考えたらいいだろうか」と変えてみる。
つまり、相手に寄り添う姿勢を見せること。
俺とひろぽんが好きな「7つの習慣」で言うところの、”理解してから理解される”の習慣だ!!
そうすると、否定されたと感じにくく、そのまま思考を広げてみようという方向に転換していく。
これこそが、教育の意味するところの「引き出す」だと俺は思っている。
これ結構大事じゃないかな!